一期一会。

なんのことはない、普段通りの月曜日。戻しがこないのに見切りをつけて会社を出て、ホームのいつも通りの場所でいつも通りの山手線に乗り込みました。明日から寒くなるらしいなー、なんて思いながら、イヤホンから流れる音楽を聴きつつ車両の端っこのスペースを確保し、ツイッターをいじりながらぼんやり。

隣にいるおじいさんがしきりにこっちを気にしているので、なんだろ、iPhone 珍しいのかなと思いつつ、また変なナンパされたらやだなー(たまに見ず知らずのおじさんとかおじいさんに酒に誘われたりする)とか思ってたら、突然話しかけられました。イヤホン外して聞き返すと、この山手線は新宿に行きますか?と。あーはい、行きますよ。と答えると、良かった、逆回りでも着くけどね、時間かかっちゃうから。なんて話から、お姉さん昔の職場の人にほんとそっくりなんだよ。うり二つ。ビックリしちゃった。という他愛もない話に。

こういう話から良く酒にとかなんとか言われるんだよなー、やっぱりナンパかなー、とウンザリしながらまたイヤホンを耳に入れようとしても、めげずになんか一所懸命話しかけてくる。あんまり電車乗らないんだよね、今日は新宿から小平いくんだけどね。小平って知ってる? 公園があるんだけどさ、きれいで良いよ。と、少し東北なまり。寂しいのかなー。あんま話す人いないのかなー。なんて思いつつ適当に、そうなんですか、へえ、あるのは知ってるけど行ったことないっすね。とか相づちを返してたら、唐突に出身はこっち(東京)?と聞かれたので、うっかり「いえ、福岡です」と答えてしまいました。

えっ、福岡? と目を丸くするので、あれ、出身同じかな、と思ったら、僕は良く福岡行ってたんですよ。若い頃毎年。福岡国際マラソンって知ってる? あれのコース変わる前に毎年走ってたの。お姉さんはきっとまだ赤ちゃんの頃だね。大濠公園。行ったことある? と、さらによくしゃべる。ええ、大濠公園、良く行きましたよ。とか答えながら、あれ、福岡国際マラソンって選手オンリーじゃないっけか…昔は違ったんだっけ、といろいろ考える。

走られてたんですか? 趣味で? と聞いたら、昔、強化選手だったんです。オリンピックの。5位で終わってオリンピックには行けなかったんだけどね。と少し照れくさそうな顔。えっ、オリンピック!? すごいじゃないですか。と驚いて聞き返すと、そうだよ、もうあの頃は朝も昼も晩も走って、夢の中まで走ってた。狂ってるよね。でも、高校にすごい先輩がいてさ、俺もやってやるんだって思ってやってたんだよね。その頃福岡には行ってたよ。青梅マラソンもあの頃で、毎年走ってたよ。あの頃なんて、当日コーチとかに連れて行かれてその場でエントリーするんだよね。その場でゼッケンかいてさ。今じゃ信じられないよね。エントリーは何ヶ月も前でしょ。呑気な時代だよね。青梅マラソンいいよ。コース気持ちが良いし。30kmだしね。と急にさらに生き生きしながら話しだすおじいさん。

ひたすらほうほうと相づちを打ってたら、「あなたもなにか運動してるの?」と聞かれて、一瞬うっと詰まりましたが、恥ずかしながら、走ってます。と告白したところ、破顔一笑、そりゃあいい、グッドグッド。姿勢いいもんね! 何年前から? え、1年? それでフルマラソン出たの? 頑張ったねえ。でも走るの気持ちいいでしょう。続けてくださいよ、楽しんで走って。と嬉しそうな顔。

そこから、青梅マラソンで9位だったのに表彰台に行っちゃって恥かいた話(マラソンは10位まで表彰されることが多かったのだけれど、青梅マラソンは6位までしか表彰ないらしいです)、外国人選手に30kmまで必死でついていったけど、舞うように軽々と走っていっちゃった話、いろいろ。たった15分くらいの中で本当にいろいろ話しました。当時の先輩の話で、「コーチはね、すごい先輩選手についてたんだけど、椎間板ヘルニア手術して経過が悪くて、27歳で自殺しちゃったんだよね先輩が。前日まで一緒に練習してたのに、全く気づかなかったって。これはしんどいよ。」って言ったときだけ、少し寂しそうな顔をして、でももう一人の先輩がね、メキシコオリンピックで銀メダル! その先輩は本当に速くて、2万メートル走で56分だよ! すっごく速かった。もうスパイクはいてる高校生より速かったんだから。と自分ごとのように嬉しそうな顔に。僕も出たかったんだけどね。出られなかったなあ。

夢のように速い世界の話で、目がくらむような気持ちになりながら、あの、私、すっごく走るの遅いんです。速く走れないんですけど。と口を開いたら、速く走れなくてもいいの。風と遊ぶんだよ。気持ちよく走ればいいよ。とにこやかに言うおじいさん。いえ、速く走れないんですけど、速く走るってどんな気持ちだろうっていつも思うんです。と、言うと、少し黙ってから「素晴らしかったよ。素晴らしい世界だよ」と。練習はつらかったけど、素晴らしい世界が見られたよ。素晴らしい体験もたくさんした。背中をねえ、ずーっと押してもらえているようなこともあった。このままどこまでも走っていけそうな気持ちになった。その夢見るような口ぶりに、それって、ランナーズハイっていうものですか。と聞くと、「そんな言葉で、一言で表すのが勿体ないくらいの体験だった」と。

うらやましくて涙が出そうな気持ちに一瞬なって、一生私は体験できないだろうことが悲しかったけど、その体験を聞かせてもらって世界をのぞき見たような気分になり、圧倒されながら外を見ると乗換える駅。あ、私ここで、と言ったら「そう、じゃあ、頑張ってね」と手を出され、握手をして「走ることをあきらめないで。マラソンやめないでね。楽しんでね。」と言われて電車を降りました。

帰って調べたら、東京オリンピックで銅メダルだったけど、椎間板ヘルニアを悪くして自殺してしまったのは円谷選手。もう一人のメキシコオリンピックで銀メダルだったのは君原選手でした。円谷選手の遺書を読んで、涙。。。その人は、メキシコオリンピックの時に20代だったとすると、今は60代半ばぐらいでしょうか。名前も聞かずに別れたけど、トップランナーだった人とお話しできて、なんだかすごく走ることへの気持ちが前向きになりました。いや別に後ろ向きだったわけじゃないんだけど。

風と遊ぶんだよ。自分のそばを吹いている風と。

いわれた言葉で、風が強く吹いている、をちょっと思い出しながら、いい出会いだったなーと思いました。うん。また走ろう。風と遊ぶなんて感覚にはほど遠いけど。マイペースで。

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4件のコメントがあります

  1. Redina

    >風と遊ぶんだよ。自分のそばを吹いている風と。

    普通にこの台詞が言えるとか、カッコよすぎです。
    経験に裏打ちされた言葉は、やはり重みが違いますね。

    1. Tinana

      風と遊ぶ、って、キロ3分とかのトップペースで走ってる人じゃないと
      なかなか言えない台詞だよなあって思います。
      その人は今でも走っているのか、聞けなかったことがちょっと心残り。

  2. ちち

    いい話だね。その選手の名前はわからないかな。
    多分知っている様な気がする。
    福岡国際マラソンは和白の幼稚園(当直バイト先)でよく見てたよ。
    もう40年前だけど。

    1. Tinana

      うーん、本当にあっという間だったので、名前は聞いてない。
      福島出身で、円谷選手と同じ福島県立須賀川高等学校卒で、たぶんどこかの
      実業団に所属していて25年現役生活だったことだけ。
      マラソン見てたなら、毎回だいたい上位にいたみたいだから、見てはいると思うなー。
      福岡国際マラソンの歴代入賞者をさらっていったら分かるかもしれない。。。
      お父さんと同じくらいの年じゃないかなあ。

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